売国奴の河野太郎も「中国人よ日本の国籍とってください。新しい日本人を作っていかなきゃならない。」と言っていましたが、これはまさに国連のReplacement Immigrationに沿った発言です。
河野太郎は中国系かもしれませんね。あの顔は日本人ではありません。太陽光パネルなど、中国とのビジネスも盛んに行い、大儲けをしていますね。
売国奴が多い自民党は、国連様のNWOアジェンダの通りに、日本人の人口を減らし中国人やイスラム教徒の人口を大幅に増やすことで、日本の地図を描き換える、日本の歴史を書き換える、日本の文化を消滅させる。。。ということを行っています。高市政権は、不法移民の取締りや経営管理ビザ、永住権ビザの厳格化を行っており、岸田や石破の時のように外国人は誰でも熱烈歓迎状態から転換したのは一安心ですが。。。ただ、これまでの日本もそうでしたが、本当に現場で厳しく取り締まれるのかが問題ですし、帰化申請の厳格化や帰化取消を可能にすることがまだ政策に含まれていないため安心はできません。永住許可が下りないなら、帰化してしまえと考える(怪しい)外国人が増えるのではないでしょうか。帰化が増えるということは新しい日本人が増えるということで、河野太郎を喜ばす結果になります。移民が増えることは、日本人が減るということであり、移民のコミュニティー(街)があちこちにでき、彼らが自治を行うようになり、日本人は誰も近づけなくなり、実質、日本ではなくなり、日本の地図が様変わりすることになります。移民の力が増すと、政治への影響力が増し、勝手に歴史も書き換えられる恐れもあります。つまり日本列島は古代から我々(移民)の領土だったと。。。
ニューヨークシティのマムダニ市長も市の地図を描きかえてしまったそうです。そこには元々あった移民コミュニティが消され、新しくできた移民(中国系、イスラム系)のコミュニティーが描かれているそうです。地図が変われば、侵略が始まったということです。
そういえば、千葉県に日本最大のモスクの建設計画があるという噂が流れていますが、もしそれが本当なら、県民の皆さんは反対運動をしないと大変なことになります。千葉県はやはりアフリカ(ナイジェリアなど)からイスラム系労働者を大量に受け入れるつもりなのでしょうか。
Erasing The Map: Mamdani And The War Against Jewish History
(概要)
7月27日付け
地図を消去:マムダニ市長が仕掛けるユダヤの歴史
地図は場所を特定するだけではありません。地図は誰の歴史が重要で、誰のアイデンティティが認められるべきか、そしてどの民族が静かに消されるのかを教えてくれます。

ニューヨークシティの移民地区の最近の地図がかなりの騒動を引き起こしましていますが、そこには、リトルパキスタン、リトルイエメン、リトルパレスチナなど、リトル(イスラム系)・・・と呼ばれる30もの移民のコミュニティが出現しています。しかしその地図にはリトルイタリア、リトルアイルランド、リトルユダヤなど、よく知られたコミュニティは見当たらなくなりました。
ゾーラン・マムダニ市長 は、これらのコミュニティから激しい反発を受けて(地図の)描き直しを行うことを約束しました。
この地図の問題は、公式機関がいかに簡単に歴史の一つのバージョンを重視し、他のバージョンを公衆の目から消し去ることができるかを示しています。コミュニティを消滅させるには物理的に破壊する必要はありません。単に地図から削除すればよいだけです。
今、このような記憶をめぐる戦いがイスラエル・パレスチナ紛争の核心にあります。
戦争前の戦争:
ミサイルが発射され、国境が描き直されるずっと前に別の種類の戦争が始まっていました。それは、過去の歴史をめぐる戦争です。
反イスラエル派は、ユダヤ国家とは、ヨーロッパ列強が先住民のパレスチナ人に押し付けた形で人工的に作り上げたヨーロッパ列強の植民地と表現することが多いです。この説では、ユダヤ人は新たにこの地域に入植した外国人であり、ユダヤ人とエルサレムの繋がりは、イギリスとインドの繋がり、フランスとアルジェリアの繋がりと同じように本物ではないということを示しています。
この言説が認められれば、イスラエルの排除が「脱植民地化」として再パッケージ化されます。しかしイスラエルを排除するには、何千年ものユダヤの歴史も削除する必要があります。
ユダヤ人とこの地の繋がりは、ホロコースト、イギリス委任統治領、或いは1948年の近代イスラエルの建国から始まったわけではありません。
それはイスラエルとユダの古代王国、ダビデとソロモンの治世、エルサレムの神殿、そして今でも西洋文明を形作る預言書を残した預言者たちにまで遡ります。
エルサレムは、キリスト教が生まれる何世紀も前に、イスラム教の興隆よりも千年以上前に、ユダヤ教とユダヤ人の生活の中心地でした。
外国の帝国は繰り返しこの地を征服しました。
アッシリア人、バビロニア人、ペルシャ人、ギリシャ人、ローマ人、ビザンツ人、アラブ・イスラム軍、十字軍、マムルーク朝、オスマン帝国、イギリス人がそれぞれ異なる時期に支配権を行使しました。
ユダヤ人の主権は失われ、多くのユダヤ人が追放され散り散りになりました。しかし、この地とユダヤ人の繋がりは決してなくなりませんでした。ユダヤ人コミュニティは征服された後も何世紀にもわたりこの地に存在し続け、各地に離散して暮らしているユダヤ人たちは、エルサレムに向かって祈り続け、イスラエルの地への帰還と、シオン(=イスラエルの地、エルサレム、ユダヤ民族の霊的中心)と切り離せないほど深く結びついているアイデンティティを守れるよう祈りながら過越祭を祝っています。
ユダヤ人は散り散りになりました。彼らの歴史はでっち上げられたものではありません。
※ 過越祭とは、イスラエルの民がモーセに導かれてエジプトの奴隷状態から解放された出来事を記念する行事。
マリアとイエスの書き換え:
ユダヤの歴史を書き換える取り組みが今やキリスト教の歴史にまで及んでいます。
ニューヨークシティのマムダニ市長の妻のラマ・ドゥワジ(シリア系米国人)と結びついている最近のムスリム女性のリトリート( イスラム教徒の女性だけを対象にした宗教的合宿)は、マリアを「占領下で出産したパレスチナ人女性」として説明しています。このような説明は、現代の政治的アイデンティティを古代の歴史を強制的に書き換えるための大きな取り組みであることを物語っています。
マリアが生きた時代はローマの支配下でしたが、彼女は現代の国民感覚からもパレスチナ人ではありませんでした。彼女はユダヤ人に囲まれて暮らしていたユダヤ人女性のミリアム(女性預言者)でした。彼女の信仰、家族、
礼拝、聖書、そしてメシアへの希望は全てイスラエルが起源です。
イエスはユダヤ人でした。
彼の弟子たちもユダヤ人でした。使徒たちもユダヤ人でした。福音書はユダヤの歴史、ユダヤの預言、ユダヤ人の期待の中で展開されました。
このように聖書の内容を書き換える取り組みは新しいものではありません。
パレスチナの指導者たちは何十年もの間、似たような表現を使ってきました。
1995年にパレスチナ自治政府がベツレヘムの支配権を掌握した時、ヤーセル・アラファト(パレスチナ解放機構(PLO)の指導者)は、「最初のパレスチナ人キリスト教徒だったイエス・キリスト」の生誕地を訪れる人々を歓迎したと報じられています。2013年、マフムード・アッバス(パレスチナ自治政府の指導者)はさらに踏み込み、イエスを世の光となった「パレスチナの使者」と表現しました。
これは明白な政治的アピールです。
イエスを近代パレスチナの国家的物語の中に置くことで、パレスチナの大義をキリスト教の最も神聖な存在と結びつけ、古代の先住性を強調し、世界中のキリスト教徒に対し、ベツレヘム、占領、パレスチナ人の苦しみのイメージを通して現在の紛争を考えるように促しています。
しかし、このような解釈は時代錯誤に依存して成り立っています。
イエスはユダヤ人の間に生まれ、イスラエルの神を礼拝し、ユダヤの祭りを守り、ヘブライ聖書から学び、ローマによって「ユダヤ人の王」の称号で十字架にかけられました。
イエスを主に現代のパレスチナの抵抗運動の象徴として作り直すことは、単にパレスチナ人との結束を呼び掛ける以上の意味を持ちます。それはイエスのアイデンティティを勝手に変え、彼が誰であったかを説明するユダヤの歴史書から切り離しているのです。
これはユダヤ教徒と同じくらいキリスト教徒にとっても懸念されるべきことです。
マリア、イエス、使徒たちのユダヤ人アイデンティティが最小化されると、キリスト教はそれを生み出した聖書の話から徐々に切り離されていきます。聖書は、神が現実の人間を通して、現実の場所で、実際の歴史を通じて働いた記録ではなく、霊的な比喩の収集本になってしまいます。
地図を支配する者:
エルサレムを巡る対立に比べ、ニューヨークの移民地図をめぐる論争は大したことがないように見えるかもしれません。しかしどちらも同じように基本的な疑問がわきます。
それは、誰が地図上に現れるかです。
歴史の消去は殆ど公開されません。それは、選択的言語、選択的認識、選択的暴挙で始まります。特定のアイデンティティが称賛(歓迎)されます。その他は不都合な存在になります。最終的に大衆は、不都合な人々については、実際にそこにはいなかったと教えられます。
イスラエルの正当性を政治的に剥奪するには、歴史的にイスラエルを消し去らなければなりません。
ユダヤ人が外国から来た占領者として描写される前に、彼らの神殿、王国、コミュニティ、祈り、そして何世紀にもわたる(イスラエルへの)愛着は、承認された言説から排除されなければなりません。
名前が省略されます。歴史は簡略化されます。古代の人々はよそ者として再分類化されます。
そしてある日、世界中の人々がその地図を見て、なぜ彼らはまだそこにいるのかと不思議に思うのです。

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