日本や世界や宇宙の動向

日本が崩壊すれば、世界が崩壊する。それを知らない人たちが世界には多すぎる。日本が蘇れば世界が変わる。宇宙も地球も世界も日本列島も、みんなつながっている。

2016年04月

4月22日~24日、屋久島へ。 その2

4月24日(日)屋久島の天気は、小雨のち雨のち大雨

 

(縄文杉編)


新高塚小屋にて、午前4時前に起床。

簡単な朝食を食べ、荷造りをしました。

午前5時半ころに小屋を出発。この日は縄文杉を観た後に白谷雲水狭に歩く予定でした。

昨夜から雨が降り続いており、一向にやむ気配がありません。昨日と同様、ボアテックスの上下カッパを着て頭にはライトを装着して歩いて行きました。このコースは特に木道や木の階段が多く、雨に濡れるとすべりやすく足元は要注意でした。

登山道の脇にヤクシカ(子鹿)がいました。ピーピーと親鹿が子鹿を呼んでいました。どこに行ったのか探していたのでしょう。

途中、高塚小屋を通過しました。縦長の変わった小屋でした。新高塚小屋よりも静かな雰囲気でした。ここは水場が少し遠いと聴いていましたので新高塚小屋を利用することにしたのです。

その後も小さなアップダウンを繰り返しながら鬱蒼とした原生林の中を歩いていきました。

さらに奥へと進むと登山道の周りに杉の長老たちがたくさん立ち並び私たちを眺めていました!

やはり、縄文杉がある森だけあります。貫禄十分の杉ばかりです。杉と言っても本州のそれとは全く違い、躍動感があり枝や幹は巨大盆栽のようで芸術的な感じです。

どれが縄文杉かなあ。。。と見回しながら歩いていると。。。目の前に展望台デッキが見えてきました。ここが縄文杉のある場所かと周囲を見回してみましたが縄文杉は見えませんでした。もうちょっと先かなとデッキを通りすぎ木の階段を下り続けました。しかし。。。

デッキから話し声が聞こえたため、彼らに縄文杉の場所を尋ねたところ。。。やはりデッキの向こう側に佇んでいたのです。かなりガスっていたため、よく見えずそのまま分からずに行ってしまうところでした。

少し戻ってデッキに上ると、数メートル先に巨大な縄文杉がありました。辺りが暗いと巨大なお化けのようにも見えますが、やはり、縄文時代から生きているだけあります。かなりご立派な外観です。古代の衣装をまとっている巨人の風格です。

屋久島には大量の雨が降りますから古代の木々も枯れずに生き続けることができるのでしょう。

デッキで再びAさんに出くわしました。私たちよりも少し早く小屋を出発していたようです。大きなカメラで縄文杉の写真を撮ろうとしていました。

私と言えば。。。いつものバカチョンデジカメで「杉の巨人」の写真を撮り終えた後、木道や木の階段が続く歩道を進んで行きました。歩道の両脇には様々な大杉が立ち並んでおり観光名所となっています。

 

縄文杉から1時間半のところにウィルソン株という名所がありました。巨大な杉の株だけが残っているのです。

しかも株の内側からハート型が見える部分があると聴き。。。早速中へ入ると、そこで再びAさんと出くわしました。いつも突然現れるAさんでした。中には祠が置かれていました。

ハート型の部分がどこか分からず戸惑っているとAさんが自分のカメラで撮った画像を見せてくれました。

なるほど!私もうまくハートの写真を撮ることができました。

ウィルソン株ではちょっとだけ休み、Aさんよりも先に出発。

歩道を約25分下っていくと大きな吊り橋とトイレのある大株歩道入口に出ました。ここのトイレを使用した後に吊り橋を渡って入口まで戻ってくると。。。Aさんとすれ違いました。

大株歩道入口から荒川登山口までは、トロッコの線路跡の緩やかな林道が続きます。ここからは非常に歩きやすくなり脚が速くなりました。

途中、複数のグループとすれ違いましたが、其々、ガイドさんが付いていました。彼らはみな荒川登山口から縄文杉までの日帰り(往復)コースを選んだ方たちです。屋久島ではこのコースが一番人気ですが、かなり距離がありますから体力がある方でないと難しいかもしれません。

林道の下の方には安房川がものすごい勢いで流れていました。川の水は岩や石にぶつかりながら真っ白な泡状になっていました。

そして、三代杉を通過すると、バイオトイレが設置された休憩所がありました。既に数人のハイカーさんが休憩中でした。雨は一向にやむ気配はありません。ザックが重く感じました。

雨の中、そこで休む気持ちにもなれず。。。トイレを使用後、すぐに出発しました。後からAさんが到着しました。

この先は、吊り橋を何回か渡り。。。白谷雲水狭の分岐(楠川分かれ)まで行きます。

分岐では少し立ち止まり、雨が降り続いていましたから、Aさんのように計画を変更し、このままトロッコの線路跡の林道を下り荒川登山口へ抜けるか、それとも当初の計画通り、白谷雲水狭まで行くか、少し悩みましたが。。。。分岐に設置された道標には雲水狭までは110分と書いてあったため、それならせっかくここまで来たので雲水狭まで行ってみようということになりました。

 

(白谷雲水狭編)


ここからがハプニングの連続でした。

なにしろ、せっかく分岐まで下ってきたのに。。。再び辻峠まで斜面を上ることになるとは。。。分岐を出発してから分かりました。

雨も本降りになり登山道が水浸し状態。私たち以外、誰も歩いておらず。。。

屋久島の雨は、ゴアテックスのカッパを着ても役にも立ちません。汗をかき、雨もどこからともなく染み込んできました。汗と雨で下着までびっしょり。。。身体が冷えそうでした。

とにかく辻峠まで上ればあとは下りだけなのでもうひと踏ん張りと自分に言い聞かせながら頑張って上って行きました。どこまで行っても私たち以外には登山者は誰もいませんでした。

1時間ほど斜面を上りヘトヘトになった時。。。前方に人の声が聞こえました。辻峠に到着です。本当にホッとしました。

白谷雲水狭側から登ってきた数人のハイカー(一部は地元鹿児島のハイカー)に出遭い言葉をかけあいました。私たちが、昨日から宮之浦岳を登り、新高塚小屋から縄文杉を観てここまで来たことを伝えると非常に驚いていました。彼らは雲水狭⇔辻峠を往復するコースを選んだ方たちです。

ある男性がこの先(歩いて20分のところ)に太古岩がありますよと教えて下さったのですが、寄り道をする気にもなれず。。。そのまま白谷小屋を目指して下っていきました。

ここからは有名なコケの歩道が続きます。歩道と言ってもコケが生えたすべりやすい石ばかりの登山道です。

私たちの前を下って行く3人がいました。軽装で、靴もスニーカーでした。彼らはトレールランナーのように、どんどんコケの斜面を下っていきました。どうやらフランスから来た観光客のようでした。きっともののけ姫のファンなのでしょう。

私たちはアニメに興味がないためもののけ姫を観ていませんが。。。コケの歩道にもののけ姫の舞台になったところがあるということでしたので、そこを通過するときには写真を撮ろうと思っていました。

しか~~~し、雨がさらに激しく降り始めました。斜面を下るのに精いっぱいでした。

屋久島の雨が本降りになるということは、本州で土砂降りが長時間続くような状態ですから、たまったものではありません。

ハイカーに同伴している地元のガイドさんなどは、雨が本降りになるとあえてカッパを脱いでTシャツ姿になっていました。どうせ、登山靴の中や下着まで雨や汗で濡れてしまうのですから、カッパを脱いで雨にあたった方が気持ち良いというものです。

幸い、この時期の屋久島は気温が上昇しているため雨にぬれても歩き続ければ寒くは感じませんでした。

コケの歩道を下って行きながらガイドさん付きのグループとすれ違いました。

そして。。。ある女性が、あと200m上ったところに、もののけ姫の舞台となったコケの森があるんですよね、とガイドさんに話していたのを耳にし。。。。私たちは気が付かずに通り過ぎてしまったことに気づきました。これこそがアホと言うものです。かといって水浸しの歩道を200mも上り返す気にもなれず。。。

せっかく雲水狭まで来て、メインスポットの写真を撮らずに下ってきてしまったのですから私としたことが。。。ただし、実際のところ、このような土砂降りの雨の中で写真を撮ってもうまく撮れませんし。。。私のバカチョン・カメラが濡れて壊れる恐れもありました。残念ながら、雲水狭ではあまり写真が撮れませんでした。

小川のようになった歩道(登山道)を下り続け白谷小屋に到着しました。小屋では先ほどのフランス人も雨宿りしていました。その他、数人のハイカーが小屋の庇の下のベンチに座りお弁当を食べていました。

私たちは小屋の中へ入り、ザックをおろし、トイレを使わせてもらいました。

靴の中は雨水でぐしゃぐしゃでした。もちろん、全身ずぶ濡れ。本当に。。。ボアテックスのカッパが役に立たないのが屋久島の雨です。

チョコレートを食べて空腹を満たしてからすぐに出発しました。

土砂降りの雨の中、白谷雲水狭の楠川歩道(登山道)を下っていきます。こんな土砂降りの中、まだ下から上ってくるハイカーが何人もいました。中国人のカップルなどは普段着に傘をさして上ってきました。こんな状態でも、もののけ姫の舞台となった場所まで行きたいのだろうか??とちょっと心配してしまいました。

途中、白谷川をそのまま渡るところがあります。私たちが渡ったときはまだ危険な状態ではありませんでしたが、私たちの後から下りてきた方によると、既に水かさが増して危険な状態になったため、通行止めとなったそうです。そのため回り道をしてきたそうです。

タクシーを呼ぶことになる管理棟まで目指して下っていきましたが、管理棟に続く歩道が川の中の岩場に続いており、そこから道標がなく、どうやって管理棟に行くのか分からず。。。再び吊り橋まで(5分間の道のり)戻っていき、遠回りをして駐車場まで下ってきました。そこから5分のところに管理棟がありました。午後12時15分に管理棟に到着。無事に3日目のハイキングが終了しました。

 

(空港編)


管理棟に到着した時にはザック(防水カバーをかぶせていても無駄です)も帽子も靴も下着までずぶ濡れです。

管理棟の外にある休憩場所にザックを置き、携帯でタクシー(屋久島空港までタクシーで行く)を呼びました。

すると、管理棟に到着した別のタクシーのドライバーさんが、お客さん(ハイカーとガイド)に、鹿児島行きの飛行機が大雨で欠航しているのでトッピー(高速フェリー)に乗って鹿児島に行った方が良い、と話しているのを聴き。。。

が~~~ん!かなりショックを受けました。

なぜなら、私たちが乗る便(15:45分発)も欠航となったら。。。。この日のうちに帰宅できなくなるからです。首を長~く伸ばして待っているてっちゃんにも申し訳ないし(留守中は家族の1人が仕事から帰宅すると面倒を見てくれている)、相棒は翌日、仕事もあるし。。。着替えもないし、びしょ濡れだし、宿もないし。。。

私たちを乗せてくれたタクシーのドライバーさんに私たちに降りかかった一大事を説明し、この日のうちに帰る良い方法はないかどうかを尋ねました。

ドライバーさんはとても親切な方で色々と丁寧に教えてくれました。無線で会社に連絡し情報を入手してくれました。

その結果、まずは空港へ行き、乗る飛行機の状況を確認した後で欠航になった場合にどうするかを決めることにしました。

びしょ濡れでタクシーに乗っているとだんだん寒気がしてきました。道路を走行中に、空港でお土産のTシャツを買い、上半身だけ着替えようなどと相棒と話していたところ。。ドライバーさんは、道路沿いの大型スーパーに種類は少ないが衣類が売っているのでそこで購入すればよいと言ってくださり、スーパーの駐車場にタクシーを停めてくださいました。その間、メーターは切ったままで待機してくれました。

私だけスーパーに入店し、急いで下着、靴下、Tシャツ、タオルを購入し、すぐにタクシーに戻りました。これで空港のトイレで着替えることができます。本当にドライバーさんには感謝です。

空港に到着すると、ドライバーさんからハンドメイドの屋久杉のキーホルダーまでいただいきました。

空港で私たちの便の運航状況を確認すると。。。やはり欠航になっていました。

雨は大分小ぶりになってきたのですがね~。。。

仕方がないのでドライバーさんが教えて下さったとおり、急いでトッピー(高速フェリー)と鹿児島発の他の便の予約をすることに。。。

私たちがとった解決策とは:

屋久島空港からトッピーの発着場所(港)までタクシーで行き、16時発のトッピーに乗り、種子島経由で鹿児島港へ。

トッピーは鹿児島港に18:40分に到着予定。その後、タクシーで鹿児島港から鹿児島空港まで行く(約1時間、高速道路利用なので1万円くらいかかる)。そして別の便で羽田に帰る。

私たちが乗るはずだった鹿児島発羽田行きの飛行機(スカイマーク)には時間的に間に合わず、最終便(鹿児島空港発20:35分のソラシドエア)を予約しました。しかし鹿児島港から空港までタクシーで行ってこの便に間に合うかどうかが勝負でした。

トッピーとソラシドエアの予約が完了した後、急いでトイレで着替え、お土産を買いました。すると、私たちと別れて荒川登山口へ下っていったAさんが空港に到着していました。彼は17時発の飛行機に乗ることになっていましたが、彼が乗る便が欠航になるかどうかはもう少したたないと分かりませんでした。

Aさんに事情を話し、お別れをした後、タクシー乗り場からタクシーに乗り港まで行きました。

 

トッピーに乗船し座席に座ると、前の座席に座った男性Bさんが私たちに話しかけてきました。

その方は辻峠で出遭った男性でした。私たちが宮之浦岳に登り縄文杉を観てから雲水狭まで歩いて来たのが凄いと感じていたようです。ただのアホなのですが。。。

Bさんに屋久島発の飛行機が欠航したことなど事情を話すと。。。なんと、Bさんが鹿児島港から空港まで車で乗せていってくださると言ってくださったのです。もちろん、そんなご迷惑はかけられないので断りましたが、タクシーを使うと間に合わなくなるかもしれないから乗せて行ってくださると気軽に言って下さいました。。。。な、なんとご親切な方なのでしょう。Bさんとは偶然に辻峠で出遭い、偶然にトッピーの船内で一緒になり、しかも単身赴任で鹿児島市に住んでいる方でした。それに自宅は高速道路入口の近くだそうです。何だか、単なる偶然ともいえないほど出来過ぎています。ひょっとしたら屋久島の杉の神が助けてくれたのかも??

Bさんによると、鹿児島空港が市内から随分遠いところにある理由は桜島が噴火しても影響を受けない場所に空港を造ったからだそうです。

空港へは車、バス或いはタクシーで行く以外に方法がありません。

Bさんのご親切に甘えて、港から車で空港まで乗せて行って頂きました。途中、鹿児島市内を走行してくださり既に日が沈んでいましたが、ちょっとだけ鹿児島市の雰囲気を味わうことができました。

Bさんによれば、鹿児島市民は昔から教育レベルが高く子供たちを私立学校に通わせるのが一般的のようです。ですから夫婦は共働きが多いそうです。鹿児島の人々は優しい方が多いそうです。鹿児島は花粉症が非常に少ないそうです。それは、昔、鹿児島の人々は他県との交流が少なく、昔ながらの隼人族が多く住んでおり、彼らは体質的に花粉症にならない人が多いようです。黄砂には弱いそうですが。また、鹿児島の女性には黒くてストレートの髪が多いようです。鹿児島の人々は他の日本人よりも背丈がやや低いそうです。丸い目の方が多いような気もします。でも沖縄の人々とはちょっと違うようです。

食べ物は、甘い醤油味が多く、どんな料理にも甘く味付けされた醤油をかけて食べるそうです。ちなみに、Bさんは大阪出身なので薄味なのですが、長い間福岡市に住んでおられたため、豚骨ラーメンが大好きになったそうです。

鹿児島へは羽田から簡単に行けますので、いつか開聞岳に登りたいなあと。。。。

Bさんのお陰で無事に鹿児島空港に余裕で到着しました。もちろん、高速料金とガソリン代はお支払しました。Bさんはいらないと言いましたが、これくらいお支払しないと夜も眠れなくなると伝えると、受け取ってくれました。

無事にソラシドエアの最終便に乗ることができ、羽田空港に到着。羽田空港近くの駐車場に停めていた車で帰宅しました。帰宅時間は24時になってしまいましたが。。。

悪天候のため欠航した飛行機と予約していた鹿児島から羽田までのスカイマークの便は払い戻し対象となホッとしました。

屋久島では飛行機が度々欠航になるのでしょうね。。。だからすぐに払い戻しが行われるのでしょう。

悪天候のときは屋久島に滞在せずに、すぐに鹿児島市に逃げ出した方が良いと思います。屋久島ではいつ天気が回復するか分かりませんので・・・

私たちと同じ日に屋久島を発とうとした団体客は全員がトッピーの乗れたわけではなく、一部の人は屋久島でもう一泊するか最悪2泊しなければならなくなったそうです。

空港で別れたAさんの便はどうなったのか。。。気になりました。もし欠航なら屋久島でもう一泊しなければなりませんから。。。

 

今回の屋久島での山登りは、屋久島特有の雨の洗礼を受けかなりドラマチックなものとなりましたが、とても良い方々に出遭うことができ、本当に素晴らしい体験をしました。良い思い出となりました。屋久島に行くことができて本当に良かったと思います。

皆様も屋久島に行かれる際は、屋久島=土砂降り+飛行機の欠航を覚悟の上、十分な準備を行ってから出発されてください。

 

今回もなが~~~~い登山日記を最後まで読んでくださいまして有難うございました。


写真は次ページにUPします。

4月22日~24日、屋久島へ。その1 写真(2)

(宮之浦岳山頂までの登山道x11→宮之浦岳山頂)
かなりガスっています。
IMG_1757登山道からの眺めIMG_1758ここを登るIMG_1759ここを下るIMG_1761ここを左に折れるIMG_1762ここは風が吹いて寒いIMG_1763岩の斜面IMG_1766山頂まではまだまだIMG_1768段々ガスってきたIMG_1771ガスってきたIMG_1774くりお岳IMG_1778もう一息IMG_1783宮之浦岳山頂

4月22日~24日、屋久島に行ってきましたぁ!その1 写真(1)

(空から見る開聞岳→鹿児島から乗ったプロペラ機→屋久島空港で食べた豚生姜焼き定食→淀川登山口→淀川小屋へ向かう→ヤクシカ→小屋から宮之浦岳山頂へ向かうx2→登山道から見える高盤岳→登山道からの眺め→小花之江河(湿原)x2→花之江河→独特の岩の斜面)

IMG_1726空から見る開聞岳IMG_1727鹿児島ー屋久島のプロペラ機IMG_1728屋久島空港の食事IMG_1731淀川登山口IMG_1733淀川小屋へ向かうIMG_1739ヤクシカIMG_1742淀川小屋から花之江河への道IMG_1743淀川小屋から花之江河へIMG_1744登山道から見る高盤岳IMG_1745登山道から北西の眺めIMG_1748小花之江河IMG_1749遠くに高盤岳IMG_1750花之江河IMG_1756岩の斜面がたくさんある

4月22日~4月24日、屋久島に行ってきましたぁ!その1


今回の山登りもハプニングがありました。昨夜の帰宅時間は夜中でした。午前中は片づけや洗濯におわれ。。。登山日記が遅れました。

今日は、4月22日~23日までの登山日記を書かせて頂きます。明日、24日に何があったのかを書かせて頂きますのでよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4月22日(金)~24日(日)にかけて、屋久島へ!


屋久島では、百名山で九州最高峰の宮之浦岳(1936m)に登り、縄文杉を観て、白谷雲水狭を歩いてきました。


(概略)

22日は、飛行機を乗り継ぎ羽田→鹿児島→屋久島へ。その後、屋久島空港からは、バスを乗り継ぎ安房(合庁前)→紀元杉まで行き、そこから徒歩で淀川登山口→淀川小屋(無人小屋)へ。この小屋で一泊。

23日は、淀川小屋→宮之浦岳→新高塚小屋(無人小屋)へ。この小屋で一泊。

24日は、新高塚小屋→高塚小屋→縄文杉→大株街道→楠川分かれ→楠川歩道→白谷雲水狭→屋久島空港→高速フェリー乗り場→高速フェリーで鹿児島へ→鹿児島空港→羽田です。この日は大きなハプニングがありました!


(登山道の淀川小屋~宮之浦岳~縄文杉~白谷雲水狭コースには大小のアップダウンがあります。)


4月22日(金)屋久島の天気は、うす晴れのち曇りのち霧。


屋久島空港には昼前に到着。

空港内のレストランで昼食。その後、バスを乗り継ぎ紀元杉まで行き、そこから徒歩で淀川登山口経由で淀川小屋まで行きました。
途中、何人かの登山者とすれ違いましたが、彼らは淀川登山口⇔宮之浦岳山頂を日帰りでやってしまったのです。
この日は雨も降らなかったようですので登山には最適だったと思います。


午後4時前に小屋に到着(小屋のトイレは携帯とぽっとんトイレ)。私たち以外に数人の登山者がこの小屋に宿泊しました。小さな小屋ですが2段になっており、私たちは片側の上段のスペースを全て使うことができました。
小屋の中はもちろん真っ暗ですから、ライトを装着しないと何も見えません。

小屋の入口には屋根付きの休憩場所があったため、そこで食事を作って食べました。水は、小屋の裏を流れる沢の水を利用します。
他の登山者とおしゃべりをしながら楽しく夕食を食べました。ここで出遭った登山者はみな私たちの同じコースをたどる計画でした。


午後6時には既に就寝中の人たちがいたため、私たちも静かに寝る準備をしました。

遠距離移動で疲れていたせいかすぐに寝入ってしまいました。この日は雨に降られずラッキーでした。


4月23日(土):屋久島の天気は、曇りのち断続的な雨のちスコール。雷も。


朝4時に起床。
この時、既に小屋を出発していた登山者もいました。

簡単な朝食を食べ、5時40分頃に小屋を出発。

辺りはまだ薄暗くライトを装着して歩いて行きました。本州とは違う雰囲気の登山道です。生命力あふれる南国の原生林に覆われており、私たちにもエネルギーを与えてくれているような感じがしました。


辺りが徐々に明るみ、東の空に真っ赤な朝陽が木々の間から顔をのぞかせていました。しかし。。。西の空に重たい雲が垂れ込めていたため、やがて雨に降られることを覚悟しました。


途中、何頭かのヤクシカに出遭いました。身体が小さくお尻が白い、とても可愛らしい鹿です。人間を全く恐れずのんびりと傍を歩いていきました。大雨の降る屋久島の森の中でどうやって雨をしのいでいるのやら。。。と勝手に心配しました。


登山道からは頂が特徴的な高盤岳が見えました。また、途中には小花之江河や花之江河と呼ばれるプチ湿原もありました。ちょろちょろ流れる湿原の水をペットボトルに入れて飲み水の代わりに。。。


8時15分に投石平に到着。この辺りから、霧から小雨に変わり、冷たい風が吹き抜ける場所もありましたので、どこかでカッパを着ようと思っていたところ。。。投石岩屋の中からひょっこりと前日に乗ったバスで一緒になり、淀川小屋ではテントを張っていた若い男性が出てきて。。ここで休めますよ、と教えてくれました。
この若い男性(Aさん)は私たちよりも大分早く小屋を出発していたのですが、大きなカメラを持って写真を撮りながら登っていましたので私たちに追いつかれてしまいました。私もバカチョンカメラで写真を撮りながら登ってきましたが、彼はテントの他にカメラの三脚も持ち歩いていたのです。

この辺から大きな石や岩の斜面が点在しはじめます。
宮之浦岳山頂周辺には角がRの岩の斜面や巨石が多いのが特徴ですね。ただ、屋久島の岩は表面がざらざらした軽石のような岩ですので雨にぬれてもそれほどすべりやすいということはありませんでした。もちろん、ロープの無いところは注意が必要ですが。


小屋を出発してから霧や小雨の中、3時間以上も登っているとだんだん疲れてきます。視界も悪く。。。遠くの景色が見えないので残念ですし。。。余計に距離が長く感じました。
すれ違った登山者に山頂はすぐそこですよ~と言われても。。。なかなか山頂が見えてこないのです。

ちょっとうんざりしたところで。。。やっと山頂に到着しました。山頂はもちろんガスっており周囲は何も見えせんでした。
私たち以外にも(Aさんを含め)数人の登山者が山頂に到着しました。ただ、まだ雨が降っていないだけマシでした。
山頂で昼食用のパンを食べると、すぐに新高塚小屋へ向けて下山開始しました。
ここからのルートも岩の斜面が点在しており、ロープが設置している場所が数か所ありました。雨が降っていたので用心しないと危険な場所もありました。
岩の斜面が終わると、再び原生林に覆われた登山道を歩くことに。。。そして、登山道両脇から鮮やかなオレンジ色の枝や幹が目に飛び込み、衝撃的でした。本当に珍しい木々がたくさん立ち並んでいました。まるで妖怪のよう。。。


下山中に、小雨から雨になり、雨から大雨になりかけたところで新高塚小屋に到着しました。午後1時10分でした。カッパを着ていても大雨ではびしょ濡れになってしまいます。

淀川小屋で一緒だった他の男性やAさんも到着していました。土曜日ですので小屋は込んでいるかと思ったのですが、まだガラガラでした。この小屋は最大60人収容できます。
そのため、一番よい場所(入口近くの上段)を確保することができました!

小屋に早くに到着していたシニアの男性Bさん(淀川小屋でも一緒でした。)は、まるでこの小屋の管理人さんかと思うくらい、色々と教えて下さいました。トイレ(携帯とバイオトイレ)はちょっと遠いのですが、新しくてきれいでした。水場はやはり沢から地面に流れ出ている水を使います。

後から到着した男性2人はこの先の高塚小屋まで行くことにしました。

私たちが小屋に到着して間もなく、雨が激しく降り始め。。。雷が鳴り響き。。。スコールになりました。

そのため、水場の水が泥で濁り始めました。仕方なく水を沸かして飲むことに。。。

その後、続々と登山者(団体も含め)が到着。大雨の中、宮之浦岳山頂からここまでのコースを下山するのは大変だったと思います。それでも皆さんが元気で明るく到着されていたのでホッとしました。

小屋では管理人さん代理のBさんがテキパキと寝場所の割り振りをしたり、アドバイスをしたり。。。非常になれている方だなあと思いました。このような方がいたお陰で小屋では何の混乱もありませんでした。
次々と登山者が到着してきたため、小屋が満杯になるかなあと思ったのですが。。。結局、この小屋にで宿泊する登山者は私たちも含め40人ほどでした。私たちはここでも小屋の上段の一等席を確保!ラッキー!

団体さんのガイドさんは登山客の食事用に大き目のナベでお湯を沸かしていましたので、小屋がとても温かくなりました。(ログハウスなので熱が外に逃げないため夜通し温かかったです。)


ただ、夜中までスコールが続いていたため、外のトイレに行くのが面倒でした。


既に夕方6時には就寝中の登山者もいましたが、7時くらいまで賑やかにおしゃべりをしていた団体さんもいました。早朝から、淀川登山口から宮之浦岳を上り、この小屋に辿りついたようには見えないほど元気な方(特に女性)が多かったです。


夜の9時半ころ、1人の女性が何回か咳をしたので目を覚ましトイレに行きましたが、その後、続々とトイレに行く人が出てきて。。。男性などはどしどし床を踏んで、バターンとドアを閉めたりして、そのたびに目を覚ます羽目になった人が増え。。。しばらくはトイレへ向かう人たちが後を絶たず。。。なかなか寝付けなかったのですが。。。その後、静まりかえりいつの間にか眠ってしまいました。


写真(22日~23日)は次ページにUPします。

 

 

 

九州への外国人観光客(特亜)が激減


日本で大災害が発生すると、たちまち外国人観光客が激減します。円高になっても来なくなります。
このようにインバウンドに頼る経済は非常に不安定であり他力本願過ぎます。しかも迷惑な外国人観光客(特に特亜)が日本の観光地の治安を悪化させたり汚していきます。

九州に大地震が発生したことで、特亜からの観光客が激減しているのは別に問題ではありません。むしろホッとすべきです。九州へは日本人がたくさん遊びに行けばよいのです。特亜からの観光客が来なくても。。いや、来ない方が平和と安全が維持できます。

さてと。。。明日から3日間、遠出をして山に登ってきます。自然災害が多発していますので、今のうちに行けるところには行きたいと思います。月曜日にはブログを再開できればと思います。

http://bororon.doorblog.jp/archives/47389807.html

九州への外国人観光客が急減 韓国からの観光客が普段の350人から100人程に「地震が少ない」イメージ傷つく 2ch「九州に直便あるのかいな」「朝鮮人も見たら犯罪者と思え!」

熊本県などでの一連の地震の影響で、九州を訪れる外国人旅行者が急減しつつある。
「地震が少ない」というイメージも傷つき、ツアーのキャンセルも相次いでいる。政府や観光業界がめざす、
さらなる外国人客の誘致戦略にも影を落としかねない。

福岡市の博多港。20日朝に着岸した韓国・釜山港発のフェリー「ニューかめりあ」から降り立った乗客はまばらだった。
普段は350人ほどだが、一連の地震のあとは急減。この日は100人ほどにとどまった。
 乗客の9割は韓国人が占め、大半が阿蘇(熊本県)や別府(大分県)といった代表的な観光地をツアーでまわる。
ただ、いつもは駐車場に列をなすツアーバスもこの日は1台だけ。ゴールデンウィーク(GW)をはさんで
5月中旬までのキャンセル数は約2400人分にのぼっている。
 2011年の東日本大震災後、地震や放射能への不安から外国人旅行者は全国的に急減した。
東北地方から離れたこの航路も乗客が減り、回復まで3カ月かかった。今回、足元の九州で地震が起きたことで、
影響はさらに大きくなる可能性がある。フェリー運航会社の幹部は「これまでもいろいろあったが、今回が一番ひどい減り方だ」。

 九州を昨年訪れた外国人旅行客は前年より7割多い283万人で、国内全体の14%。韓国からが42%、
台湾や中国を含めたアジアからが全体の7割を占める。九州はアジアから近く、温泉などの観光地が豊富なほか、
比較的地震が少ないことも人気の理由だった。

http://www.asahi.com/articles/ASJ4N5S9NJ4NTIPE03Z.html

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